関節の安定性とモーターコントロールについて
◆form closureとfroce closure ペルビックアプローチ
Snijdersらは,安定性の受動的・能動的要素を説明するために,閉鎖位( form closure )と閉鎖力( froce closure )という表現を用いた.
閉鎖位は,関節面が接近し安定した状態であり,この状態を維持するのに余計な力を必要としない状態とされる.すべての関節に固有の閉鎖位をもつ.閉鎖位の3つの要素は,①関節面の形,②関節軟骨の摩擦係数,③関節周囲の靱帯の完全性
閉鎖力は,その状態を保つのに外力と摩擦が必要不可欠な状態とされる.椎間関節などの平面関節は,大きなモーメントを伝えるのに向いている一方で,剪断力が働くことで傷つきやすいという特徴がある.
以上から,これらの機構は身体にかかる負荷を効率的に伝える役割ももつ一方で,安定性はさまざまな外的・内的要因によって変化する.
◆関節のキネティックモデルとInstability
D.Leeはpanjabiモデルを発展させ,骨盤帯の関節力学テストおよび治療に応用した.
Panjabiが示した正常な関節のニュートラルゾーン
『半円の桶』は他動サブシステム,『球』は関節中心を表している.
安定した関節とは,ニュートラルゾーン内に収まる様に球をコントロールできている状態を示す.
他動サブシステムが低下し,ニュートラルゾーンが拡大した状態
例えば,ACL損傷をした場合,損傷により新たな可動域( hypermobility )が膝関節に発生する(ニュートラルゾーンの拡大).新しく発生した可動域に対し,筋による制御がないため関節が緩い状態となっている.そのため,「膝が抜ける」「怖い」といった症状につながり,他動サブシステムの低下による膝関節の不安定性が引き起こされている可能性がある.このように,何らかの形で他動サブシステム(form closer)が低下したことによりニュートラルゾーンが拡大した状態をMaitlandはUnstable Instabilityと称した.
この機能障害に対して,破綻した組織を再生させニュートラルゾーンを元に戻すか,拡大したニュートラルゾーン内での新たな運動制御を学習させる必要が考えられる.
ニュートラルゾーンが正常でも自動サブシステムが破綻した状態
ニュートラルゾーンは正常でも,疼痛などよって筋による制御(自動サブシステム)がきかなくなったときも機能的に不安定性を発生させる.これを,Stable Instabilityとよぶ.
以上のようなさまざま不安定性の状況により,固有受容器感覚が変化して筋の反応様式が変化する可能性が考えられる.そしてその反応様式が学習されることで外傷の治癒後も関節の不安定性が残存するおそれがある.
したがって,関節の安定化訓練において,単なる筋力強化だけでは不十分な可能性が考えられる.コントロール・自動・他動成分それぞれが,どのように機能障害に影響しあっているのかを把握し,適切な筋の集束,収縮のタイミング,収縮順序など多くの要素を段階的・総合的に評価し治療を進めていく必要がある.
関節の安定性とモーターコントロールについて① ― panjabiモデル ―
まとめる目的
・モーターコントロール障害に対する理学療法の背景的知識を把握する
◆関節の安定性とPanjabiモデル
関節の安定性は,骨の形状や関節唇,半月板などの静的支持組織だけでなく関節内圧や筋緊張・収縮など,多くの要素によって成立している.つまり,人間の関節は構造的な安定性が本来低く,何らかの問題が身体に発生することで簡単に脆弱する可能性がある.※テンサグリティ
Panjabiは,関節安定性について3つの成分の相互作用によって成り立っていると報告し,以下の様な図で説明している.※Panjabiが報告したのは脊柱に対してのみだが,すべての筋骨格系に応用することが可能とD.Leeは述べており臨床においても応用が行われている.
①コントロール成分(神経系)
②他動的成分(骨,靱帯などの静的支持組織)
③自動的成分(筋による動的支持機構)
①が常に②と③モニタリングしながら身体運動の調整をし,1つのサブシステムに機能異常が生じたとき,可能な限り他のシステムが代償することで正常な機能を維持しようとすることを示している.
例:筋肉痛で全身が痛いとき,痛みを避けるようと姿勢を変える.
これは,痛みを避けようと①『姿勢を変えようとする』ことで,③『筋の動員』を変化させ,②『骨などの貢献度』を大きくしているという風に考えることができる.大まかに人間はこのようにして機能異常に対応している
◆ニュートラルゾーン( neutral zone )とエラスティックゾーン( elastic zone ) ※elastic:弾力のある
Panjabiは,関節の安定性においてニュートラルゾーンとエラスティックゾーンという定義も発表している.
関節可動域では,抵抗感を感じずに動かすことができる範囲が存在し,これをニュートラルゾーンと呼ぶ.この範囲での運動制御は,自動サブシステムによる貢献が大きい.この範囲は,加齢や外傷など様々な要素で拡大または狭小する.
一方で,関節可動域の最終域に近づくに伴い抵抗感は増していく.これは骨や靱帯などの静的支持機構によるものである.この範囲をエラスティックゾーンと呼ぶ.運動制御における他動サブシステムの貢献がニュートラルゾーンより大きくなる.
◇参考資料
・ペルビックアプローチ 医道の日本社
・内側の筋肉にも目を向けよう 考える理学療法 評価から治療手技の選択 196-208
神経系の機能障害② 神経系の機能解剖
◇神経系の機能解剖学を知る意義について
神経系における理学療法効果は,
神経系の運動メカニズムだけでなく,神経内血流やインパルス伝導といった生理学的変化をもたらすことが可能とされる
そのため,神経系の機能解剖学的・生理学的作用を知ることは安全な介入につながると考えられる.
特に「神経の何をどうするか」という思考に役立つと考える
◆神経系の特性
神経系は,以下の特性をもつ.
電気的連続性:受容器での刺激をインパルスとして電気的に伝導
☆機械的連続性:中枢神経から四肢末端の末梢神経へと至る一つの構成体
神経系の理学療法において特に理解が必要な特性.
◆神経系の解剖
神経の最小単位:神経線維
神経内膜( endoneurium ):神経線維を覆っている
神経束:神経線維の集合
神経周膜( perineurium ):多数の神経線維をまとめることで神経束を形成
神経幹:神経束の集合.触診可能なのはこのレベルから
神経上膜( epineurium ):多数の神経束をまとめることで神経幹を形成
神経間膜(mesoneurium):神経上膜の周囲に存在するルーズな疎性結合組織.
滑走に貢献する
※神経内膜・周膜・上膜は強固な結合組織であり,神経を外力から保護
◆神経束と神経叢の走行
神経幹には複数の神経束が走行している.この走行は平行ではなく,網目状となっている.これによって神経への伸長ストレスを軽減している
同様に,神経叢は神経幹が複雑に走行しているのは,神経叢への伸長ストレスを軽減するためとされる
◆神経の神経支配
末梢神経と中枢神経にはそれぞれ
神経の神経( nervi nervorum )と脊椎洞神経( sunuvertebral nerve )が分布している
神経の神経は神経上膜に,脊椎洞神経は脳脊髄膜に存在し,侵害刺激を探知する.
これらの結合組織には血液も供給されているため,神経自体が疼痛を惹起する組織であることがわかる.
◆神経系の運動メカニズム
神経系は関節運動に適応する必要があり,そのため3つのメカニズムをもつ
1.伸張(緊張)
ゴムのように伸びる機能.神経内膜・周膜・上膜などの神経結合組織や,シュワン細胞の切れ込み,網目状の走行などが伸長に貢献する.
2.運動(滑走)
神経系の伸長(緊張)を緩和する役割をもつ.中枢または末梢方向へと滑走することで神経全体のストレスの平衡を保とうする.緊張の高い方向へと滑走する.
滑走は,神経上膜の周囲に存在する神経間膜が主に貢献する.神経間膜はルーズ(ゆとりのある)な疎性結合組織であり,ストレスが加わらない肢位では,元の形状に戻る.
3.圧迫
外力に対して神経組織が変形することでストレスを緩和する.例えば,脊柱の側屈時,椎間孔において神経系に圧迫が生じるため,このような圧迫力に耐える機能が必要となる.
☆外傷や疾患,不動などによって上記メカニズムの異常が発生すると,機能障害を発生させるとされる
◆メカニカルインターフェース 界面組織( interface tissues)
神経に接する骨や靱帯,筋などの組織をメカニカルインターフェース or 界面組織と呼ぶ
例:手根管 ⇒ 正中神経のメカニカルインターフェース
・病的インターフェース
メカニカルインターフェースのなかでも,異常な状態を作っている骨棘や浮腫などは病的インターフェースと呼ばれる
例:骨棘,浮腫,滲出液,血液など
◇参考文献
・痛みとマニュアルセラピーⅡ -神経系のモビリゼーションー
理学療法科学 15(3) 117-123 2000
・神経系に対するモビライゼーション
理学療法学 36(8) 468-471 2009
・神経系モビライゼーション
愛知県理学療法士会誌 15(1) 11-14 2003
・神経の動きが機能に影響するのか?
考える理学療法 評価から治療手技の選択 185-195
・神経モビライゼーションとスポーツ障害への適用
臨床スポーツ医学 32(10) 940-944 2014-2015
神経系の機能障害①
◆神経系とは
概要:インパルス伝導に関係する伝導組織 ( 軸索,ミエリン鞘,シュワン細胞 )と
伝導組織を取り巻くようにして保護する結合組織から構成される.
主な機能は情報を伝達することであるが,インパルス伝導性を確保するための
複数のメカニズムが存在する.これらのメカニズムの障害が,痛みやしびれ,
可動域障害を引き起こすとされる.
◆神経系が関連する「痛み」は主に2つに分類される
1.神経原性疼痛;Neurogenic Pain
2.神経障害性疼痛;Neuropathic Pain
1.神経原性疼痛;Neurogenic Pain とは
概要:神経に生じた一過性の機能異常による疼痛.2次的作用によって
神経系が一時的に障害されたことによって起こる疼痛.
例:正坐による下肢の痺れや痛みなど
2.神経障害性疼痛;Neuropathic Pain とは
概要:体性感覚神経系が障害されることで生じる疼痛.損傷組織が治癒したにも
関わらず持続する疼痛・感覚異常.
種類:以下の3つが報告されている.
①中枢神経感作;Neuropathic Pain sensory Hypersensitivity
②脱神経系神経障害性疼痛;Neuropathic Pain Denervation
③末梢神経感作;Neuropathic Pain Sensitization
①中枢神経感作
中枢神経における感作(感作;過敏な状態)によって生じつ疼痛.
刺激と反応の関係が不釣り合いで強い能力・機能障害を引き起こしていることが多い.
②脱神経系神経障害性疼痛
神経組織が圧迫や絞扼により生じる疼痛.脊柱近傍(神経根,脊髄神経,自律神経背側核)にて生じ,該当分節への機械的刺激にて症状が変化する
③末梢神経感作
神経を支配している神経(Nervi Nervorum)が過敏な状態.伸長などの機械的刺激により症状が変化する.
左肩甲骨内側上部の痛みを訴える症例の初回介入について
肩関節周囲炎の症例です
症例検討という名の反省日誌であり,自己採点なども含め単なる自己満足の内容になっていますのでご注意ください。
【症例】
・60代後半の看護師
・診断名:左肩関節周囲炎
・主訴は「左肩が痛くて肩があげにくい」
・趣味:ウォーキング、ジムでのトレーニング
・印象:明るく話しやすい人だが、リハビリをすることに対して困惑する様子あり
【Body Chart】
【主観的評価】
・疼痛誘発動作(Aggravating Factors)
肩を上げる
後ろに手を回す
寝ているときに痛みがでる(背臥位)
・疼痛減弱動作( Easing Factors )
疼痛誘発動作の中止
・日内変動( 24 / 24 )
朝・日中:特記事項なし
夜:夜間時痛あり
・禁忌事項
聴取せず
・現病歴
数か月前に誘因なくP①が出現。痛みが減らないため、積極的に運動するなかで
徐々に症状の軽減が認められた。痛みは減ったものの、肩の状態に不安があったため、当院を受診。左肩関節周囲炎と診断され、理学療法が同日より開始された。
・既往歴
腰椎ヘルニア術後。下肢の積極的な訓練を当時の医師から指導され、積極的に運動をするようになった。
【仮説カテゴリー】
1.活動/参加制限および能力
洗濯などの高位への上肢挙上動作にて不便あり。ジム・ヨガでの運動内容に制限あり
⇒ 仮説:制限は挙上動作中心であり,主訴と一致している。これらを介入の狙いとし、介入前後の比較動作(コンパラブルサイン)とする。
2.患者自身の考え
何かの病気でなければいい。以前の腰の症状も運動を積極的に行うことで改善できた。肩はリハビリを積極的にするほどの問題でないと考えている。
⇒ 仮説 : 自身の経験から運動により改善すると考えているため、理学療法の必要性を納得しなげれば次回以降来ない可能性あり.より詳細な説明と陽性反応(改善)を引き出し次回以降も来院してもらえる工夫が必要
3.病理生物学的メカニズム
症状のon/offがはっきりしている.発症から数か月経過しているが,徐々に症状は軽減している.夜間痛の症状があることは炎症所見を思わせるが,on/offがはっきりしていることや背臥位での疼痛出現という聴取結果から,炎症期の遅延というよりも背臥位が何らかの機械的刺激となって症状を誘発していると考える.BodyChartでは,P①は狭く,間欠的な痛みであることや,話している印象や活動状況から,処理・出力系の問題は小さいと考えられる.
⇒仮説:組織の状態は再生/成熟期であり,疼痛メカニズムは入力系が中心
4.身体機能障害とそれに関連した原因組織
肩の運動制限の方向から,関節包パターンと一致する点がある.したがって,肩甲上腕関節の副運動障害が存在することが考えられ,また,屈曲と外転の可動域は120°以上ある点から,前後(AP)方向よりも頭尾側(caudad)方向への制限が検討される.しかし,BodyChart上から症状は肩甲骨内側上部に認められ,肩甲上腕関節の機能障害の傾向と一致しない.
メイトランドは,肩甲骨内側における症状は頸椎または胸椎が原因となっている可能性があると報告している.BodyChart上と一致している点があり,また背臥位で痛みが出現しているという聴取結果から,背臥位により胸椎に対して機械的刺激が加わることで疼痛誘発となっている可能性があると考えられる.また,以前にも同様の症状を訴える症例に対して胸椎のPAにより改善が得られた結果からも根拠の一つとした.
⇒ 作業仮説:上位胸椎の機能障害
対立仮説:肩甲上腕関節の頭尾側方向への副運動機能障害
5.関連因子
肩甲胸郭関節,頸椎,上位胸椎
6.禁忌/注意事項
仕事:看護師
症状の進行度:改善傾向
SIN:low,
病理生物学的メカニズム:再生/成熟期
⇒客観的評価に制限を設ける必要性はないが,検査の意義について詳細な説明が必要
7.対処方法と治療
神経学的検査の必要性:なし
コンパラブルサイン:肩屈曲,外転
作業仮説:上位胸椎の機能障害
対立仮説:肩甲上腕関節の頭尾側方向への副運動機能障害
8.予後
ポジティブ因子:話しやすい人柄,SINが低い,改善傾向
ネガティブ因子:理学療法を必要としていない印象
【客観的評価】
・姿勢 ⇒評価せず
・触診 ⇒評価せず
・生理的自動運動テスト
肩屈曲:120°p
肩外転:120°p
肩外旋:40°
結帯動作:L4レベル
・生理的他動運動テスト
肩屈曲:180°p
肩外転:180°p
肩外旋:40°
・他動的副運動テスト
肩甲上腕関節 AP
肩甲上腕関節 caudad
上位胸椎 PA
【意思決定】
caudad方向への副運動制限との関連を確認するため、肩外転90°でcaudad方向への
グラインドをグレード4にて30秒1-2Hzで行ったところ、「肩があげやすい」という結果が得られたことから、続けて同様の負荷で60秒実施した.
caudadグラインド グレード4 60秒実施後変化
肩屈曲:170°
肩外転:160°(最終域にてNRS1,2)
次に,胸椎の機能障害との関連を確認するため,腹臥位にて副運動制限が大きかったTh1-3に対してPAグレード4にて30秒1-2Hzで実施した.
PAグラインド グレード4 30秒
肩屈曲:180°
肩外転:180°(最終域にてNRS1,2)
ここまで介入後, 理学療法の効果を実感する発言が得られたため,現状の問題と今後の介入について説明をし,次回以降も来ていただけることを確認し初回を終了とした.
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【自己評価】 10 / 100点
・評価点
本人の考えを尊重しつつ、理学療法の必要性と効果を理解していただいた点。
改善(陽性変化)を引き出した点。
・問題点
検査のルーチンをスキップしすぎ
⇒ 最低でも姿勢を確認すべき
仮説を決定する過程に根拠が薄い
⇒ 背臥位により胸椎に対して伸展方向への機械的刺激がかかっていると検討したが,背臥位になった程度の機械的刺激が症状を引き起こすだろうか?かなり疑問が残る.
また,最初から胸椎の関与に意識が向いており,頸椎の関与の可能性を排除していない.胸椎を肯定するための情報は,BodyChart上の症状の位置が同じだけにすぎず,ここが痛い=胸椎の機能障害は根拠に乏しい.就寝時の姿勢も確認しておらず,以前の経験に依存し,早い段階で思考を狭めていた.
そもそも,caudadの介入により変化が出たのなら,初回はGHのみに絞って介入したほうがよかったのではないか.すべての行動に根拠が乏しく,妥当性が薄い.
・結論
改善が得られたのは偶然と思われる.健全なクリニカルリーズニングとはいえず,単なる作業にすぎない介入だった.
クリニカルリーズニング④ ~レンガ壁アプローチ~
臨床中、学習してきた解剖学や病理学などと臨床所見が一致しないことを経験したことがあるでしょうか?
「肩関節周囲炎なのに挙上動作よりも上肢を下ろしているときが痛い」
「変形性膝関節症なのに荷重動作よりも臥位での動作で症状が増悪する」
「脊柱管狭窄症なのに症状は腰椎屈曲時に出現する」
あくまで一例ですが、診断名・エビデンスに対して、臨床所見が一致しないということは稀ではないと思います
そのような時、皆さんはどちらを根拠の拠り所として意思決定を行うでしょうか?
非常に選択に迷うのではないかと思います
理学療法士の心理を「理論的区域」と「臨床的区域」に分割することにより
意思決定過程が妨害されることを防ぐことが可能となる『メイトランド 四肢関節マニュピレーション』より
これは『レンガ壁アプローチ( 表象的半透性障壁 )』と呼ばれる心理過程です
上記のような絵に表現され、『理論』と『臨床所見』を比較し吟味することで
『理論』だけを鵜呑みにせず、批判的な側面も含めた意思決定を行う有用なアプローチです
※レンガ壁がとっつきにくかったため、僕は『もしこうならばこうなるだろう』アプローチと捉えています( 頭が悪そうな捉え方笑 )
絵だけではわかりにくいので、腰椎椎間板ヘルニアの症例用いて説明していきたいと思います
症例:腰椎椎間板ヘルニア
ヘルニアという診断から、腰椎の屈曲動作で椎間板が脱出し症状が出現する可能性が検討できます。
理論:腰椎の屈曲動作により症状が増悪するはずであり、伸展動作は安楽肢位のはず
という理論区域が考えられます
次に、それが問診や検査から一致するか検討します。
問診から、屈曲動作での症状は軽度で、症状の最大増悪因子は腰椎の伸展動作という聴取が得られたとします。すると
臨床:腰椎屈曲動作での疼痛は軽度であり、最大の疼痛誘発動作は腰椎伸展動作
という臨床区域が考えられます。
そうすると、『理論』 ⇒ 『臨床』 に矛盾が生じていることがわかります
ここから導かれる思考はさまざまですが、
『画像上はヘルニアがあるかもしれないが、腰椎の伸展動作で増悪し屈曲で症状が軽度というのは、この人の主訴となる痛みと一致しない。
腰椎の運動方向による症状変化について情報をもっと得る必要がある
伸展で増悪するなら回旋はどうだろう?
上位脊椎からの屈曲で軽度なら、下位脊椎からの屈曲である股関節屈曲での症状変化はどうだろう?』
と僕なら考えるかもしれません。
そして、今度は『臨床』 ⇒ 『理論』を確認していく作業になります。
この理論区域と臨床区域の壁を行きすることが『レンガ壁アプローチ』という思考過程になります。
これを仮説カテゴリーや検査・評価に用いていくことで狭いクリニカルリーズニングになることを防げる可能性があります
最終的に、『理論』も『臨床』もつながったのであれば、それは一つの有益な情報となります。その情報がすべての主観的・客観的評価とつながってくるのであれば、エビデンスと臨床的エビデンスのどちらにも偏ることのない、両側面から検討した妥当性のある情報になったと考えられます
しかし、ここで疑問が生じます。
どれくらい『理論』と『臨床』が一致すればよいのでだろうか、という点です
結論から言うと
わかりません
僕は5個くらい有益な情報を集められるといいかもねと指導を受けましたが、必ずしもそうなるわけではありません
1つだけでも非常に根拠のある結果もあれば、複数あっても根拠として薄い結果もあります。
感度・特異度の高いテスト(トンプソンテストなど)は信頼が置けますが、疑陽性の高い検査(スピードテストなど)をいくら集めても根拠が薄いのと同じです
ここは経験の数が大きいのではないかと思われます。
そのため、自分の周りのエキスパートや勉強会で積極的にこの点を聞くことで自身の不足する部分を補う、というのが一番の近道かもしれません。
以上が、簡単になりますがレンガ壁アプローチの説明になります。
この思考の副次効果として、次に何の検査・評価をしようかと思考停止にならず、次へとつながる行動を検討することもできます。
また、復習をする際にも便利で、「あのときこう思ったけど、この点と矛盾がある。今考えると、この可能性も考えらえたな」
と自分の思考の矛盾や別の考え方を理論的側面と臨床的側面の双方から検討するのにも役立ちます
ここまでまとめて思ったのは、このレンガ壁アプローチは、中学の数学で習う必要十分条件みたいなものだと思います
臨床と理論が必要十分となっている情報を集めて、意思決定に役立てていく過程はとても似ているのではないでしょうか
レンガ壁アプローチについては
・メイトランド四肢関節マニュピレーション
に細かく説明してあります
是非ご参照ください。
クリニカルリーズニング③ ~主訴~
入職当初、初めて症例をみさせてもらった後
「この人どんな人だった?」
と先輩から聞かれました。
初めてのフィードバックです。
とても印象に残っており、ブログタイトルに採用したほどです
肝心の返答ですが
「スクリューホームムーブメントが崩れていて、それが痛みの原因かと思います……」( 変形性膝関節症の症例 )
という、今思えばかなり恥ずかしい返答をしました。
根拠はゼロです。
先輩から微妙な反応が返ってきたのだけ覚えています
微妙な反応なのは当然で、求められた答えは機能的な話ではありませんでした
確認されたことは、この人の主訴は何?という非常にシンプルなものです
ここでいう主訴とは、患者さんの悩みという意味です。
ならこの場合は「膝が痛い」が主訴でいいじゃないか、と思われるかもしれません
紙面上に残す主訴はそれでもいいかもしれませんが、きちんと主訴を捉えることは意外と簡単ではありません
1つの例で考えてみましょう
数週間後に大会を控えた高校3年生の野球部員がいたとします。
野球部のエースである彼は、肩の痛みで思うように投げられない状態で皆さんの前に現れました。
彼は野球部の大黒柱であり、監督やチームメイトも彼に大きな期待はよせています。
彼の存在により、開校以来の甲子園に行けるかもしれないという空気まで学校中に流れている。
彼は誠実で責任感の強そうな印象です。
そんな彼の主訴は「肩が痛い」と単純に言っていいものでしょうか?
Giffordは、疼痛メカニズムを入力、処理、出力の3つのメカニズムに分類して評価する、『成人の生命体モデル』を発表しています。すべての痛みに対する訴えに対し、多様な因子に関して考察することを促し、痛みを深く考察することを可能とするものです。
3つのメカニズムについて詳細を省きます。
簡単に説明しますと、二人の人物が全く同じ程度の疾患・損傷を有していても、二人の痛みの感じ方は異なるはずです。その違いは、信条や感情、過去の経験などによって3つの疼痛メカニズムに影響を与え、感じる痛みが変化している可能性が考えられます。
要するに、疼痛の感じ方はどんな人物なのかによって決定されるということです。
医療機関に来る人々は、それぞれに何らかの理由・事情があるはずです。
仕事や部活、学業もしくは恋愛なども複雑に関係してくるかもしれません。
彼の場合は、投げられないことへの葛藤や焦り、チーム・学校上での立場から周囲に相談できない・練習を休めないなどが想定できそうです。そして、それらが出力・入力系のメカニズムとして疼痛を増悪させている可能性が推測されます。
したがって、もしこの例の症例に対して「この人どんな人?」と聞かれれば
「肩の痛みにより、ピッチャーとして満足な投球ができないことを焦っていて、立場上、周囲に相談できない人」
と答えるかもしれません。
ブログで何度も取り上げているエキスパートの先生は「俺と話し始めると患者さんが泣き始める」と講義で語ったことがあります。
患者さんの中には、今まで受けてきた医療機関や周囲の対応を含め誰にも言えなかった悩みを抱えている人もいます。
なかには「本当に痛いの?」と周囲に疑われ傷ついた人もいるかもしれません。
そういった背景を含め、「やっと自分の悩みを分かってくれる人に出会えた」
という安心感と安堵から涙を流したのだろうと先生は説明していました。
これこそが主訴をとらえるということなのだと思います
取り巻く環境や立場、心理的状況なども含めて、本人の抱えている悩みを本人が感じているようにこちらも受け取って初めて主訴をとらえたといえるのではないでしょうか?
そして、主訴こそが理学療法の介入の重要な方向性を示すもののはずです。
主訴が変われば介入も変わってしまいます。仮説カテゴリーの『機能制限』『患者の考え』などに影響を及ぼし『戦略』も変化するでしょう
場合によっては、on-handsの治療をせずとも、会話をするだけで満足して帰る人もいるかもしれません。
その人がどんな人物なのか、主訴は何なのか、深く理解しようという態度を忘れずに介入していきたいですね。
リスク管理に有用な『SIN』の紹介
今回はいままでと少し趣向をかえた内容をまとめていきます。
新患の初回介入時、どこまで検査・治療を行ってよいか判断に迷うことがあると思います。新患に限らず、症状が強い症例に対して判断に苦慮した経験はすべてのPTに当てはまるのではないでしょうか。
その際、経験のあるPTは経験に基づき予測を行いながら介入するかもしれませんが、経験の浅いPTにそれは困難です
そこで、今回は介入時の判断材料として便利な『SIN』という評価について紹介していきます。仮説カテゴリーに落とし込める情報でもあるため、クリニカルリーズニングにも役立ちます
SINとは
S :Severity of symptoms 症状の重症度
I : Irritability of symptoms 症状の感応性
N :Nature of symptoms 症状の動態
SINは、これらの頭文字をとった略称です
それぞれ、low,middle,highの3段階で評価します
そして、その3つを統合してSINをlow,middle,highとして評価します
SINがlow ⇒ 検査・治療に制限を設けない介入を
SINがhigh ⇒ 検査・治療に制限を設け、リスクマネジメントを優先しながらの介入を
というのが大まかな流れです
次に、それぞれの判断基準について説明していきます
Severity of symptoms:症状の重症度
Severityは、症状の強さを評価します。
痛みをNRSなどを用いて評価し、3段階に分けて評価します。
NRS 1-3 ⇒low
NRS 4-5 ⇒middle
NRS 6-10 ⇒high
僕はだいたいこのように評価しています。( ※基準は個人差あり )
Irritability of symptoms:症状の感応性
Irritabilityは、症状が悪化する可能性の程度を評価します
確認することは、症状の出現しやすさ、症状の回復までの時間、引き起こされる症状の強さなど
悪化する可能性が低い⇒low
悪化する可能性が高い⇒high
Nature of symptoms:症状の動態
Natureは、症状の出現傾向を評価します
確認することは、日内変動はあるか、安静時痛の有無、症状のon/offは明確か、疼痛増悪動作の傾向は一致しているかなど
症状の傾向がはっきりしている ⇒ low
症状の傾向がはっきりしない ⇒ high
以上の3つを総合的に判断し、SINをlow、middle、highのどれかとして評価します。
制限を設けるときは、機械的刺激が大きい手技( MMT、整形外科テスト、神経動的テストなど )を使わない配慮が必要と考えられます。つまり、痛みを出さないような判断ですね。
それで例を通して検討してみましょう
Aさんは、2日前から急に肩に痛みが出現しました。痛みにより夜も寝られず、私生活に影響を及ぼすほどの強さでした。痛みの出現する動作は、肩屈曲・外転・外旋方向で著明に認められ、痛みが出現すると1-2分はうずくまるほどです。
Q.この症例のSINをどう判断、どのような介入につなげるでしょうか?
S:痛みがうずくまるほど⇒重症度高い
I:痛みが出現して回復するまでに時間を要し、痛みは強い⇒症状は悪化しやすい
N:痛みの出現する運動方向に傾向があるが、夜間痛もあり⇒安定していない
以上から、SINはhighと判断する。
配慮として、自動運動であれば痛みが出現する手前までにし、他動運動による検査は本人の主訴などを鑑みて、必要性を検討する必要あり。
かなりおおざっぱですが、このようにしてSINを使います
ここまでSINの使い方を説明してきましたが、一つ注意したいことがあります。
それは、あくまでSINが一情報にすぎないということです。
SINがhighでも積極的に介入する必要のある症例もいれば、lowでも会話的治療が優先されるべき人もいます。
SINは便利ですが、それだけですべての意思決定の根拠になるほど万能でもありません。
症例の反応はそれぞれ異なり、PTに配慮して痛みを小さく言う方もいれば、少し大げさな反応をする方もいます。単純に数字が低い高いだけで判断するのではなく、本人の振る舞いや印象、自動・他動的テストの反応なども総合し、SINを仮説カテゴリーに落とし込んで初めて意味が生まれるということを忘れないようにしたいですね
クリニカルリーズニングについて② ~ 仮説カテゴリー ~
前回、理学療法士におけるクリニカルリーズニングの重要性について書きました。
今回は、そのクリニカルリーズニングを実践する上で役に立つ、『仮説カテゴリー』についてまとめていきたいと思います
まとめていく前に、まずはこちらの絵をご覧ください
目隠しをした人々が、触れているものが何か答えている絵です。
同じ象に触れているにも関わらず、触れる場所が異なるだけで、木やロープ、蛇や壁など、象からは程遠い答えばかりになっています。
これは、『The Blind Men and the Elephant( 群盲象を評す )』という絵になります。
もともとはインドの寓話らしいですが、世界中にさまざまな形で伝わり、『物事を1つの観点だけでみると間違いのもと』という意味やそれに類似した意味で広まったとされます。
オーストラリアの理学療法士 Butlerは、この絵を用いて理学療法の対象となる人物の一部分に焦点をあてるのではなく、その「人」全体をとらえる重要性を提唱しています。『 Big Picture Approach 』と呼ばれ、多様な観点から患者さんの全体像を知り、個々に応じた治療を展開していくというものです。クリニカルリーズニングの考え方に非常に似ています。
しかし、決められた時間( 単位 )のなかで、どんな人物かどうかを検討し始めると時間がいくらあっても足りなくなってしまう可能性があります。
そこで,患者さんの全体像をとらえるために、Jonesらは『仮説カテゴリー』を用いることを推奨しています。仮説カテゴリーは8個の項目から成り立っており、会話の中で得られた症例の情報をそれぞれ分類していきます。各項目に応じた仮説を検討し、治療に役立つのかどうかを吟味することで、意思決定を補助することが可能となります。
簡単に言えば、統合と解釈を機能的側面だけでなく広い視点で行いましょう、というものですね。
(※ 近年、10個の項目に分けることをJonesは推奨していますが、8個の項目を10個に細分化したものであり大きな違いはないため、このブログでは8個のカテゴリーとして説明していきます)
各項目は以下の通りです。
- 活動/参加,能力および制限
- 患者自身の考え / 展望
- 病理生物学的メカニズム
- 身体的機能障害とその原因組織
- 関連因子
- 禁忌/注意事項
- 対処方法/治療
- 予後
項目毎の主な収集内容と目的を簡単にまとめました。( ※実際はもっと細かく情報を確認します )
あくまで一例にすぎないですが、このような形になります。
各項目については、もっと詳細をのせたいのですが非常に長くなってしまいますので簡略化しました。より詳細を知りたい方は
・マニュアルセラピーに対するクリニカルリーズニングのすべて 協同医書出版社
・徒手理学療法における臨床推論の進め方 PTジャーナル 第44巻 第8号 p653-659
この辺りを読むことを強くお勧めいたします
さて、これら8項目を前述した象の絵のように当てはめるとこうなります。
最初の象の絵は、それぞれが情報を持ち寄ることで象という回答にいきつく可能性が高いでしょう。
臨床も同様に考えることができ、これら8項目の仮説が吟味されていることで、患者さんの人物像がより鮮明になる可能性が高まります。そして、介入時の方向性に根拠が増し、理学療法の展開に妥当性が生まれると思われます。
ここまで説明してきましたが、なかなかとらえどころがない印象ではないでしょうか。具体的には症例を通して検討することが一番わかりやすいので、今後仮説カテゴリーを用いた症例ケースをまとめていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
前回の記事にのせた、齋藤先生のnoteには仮説カテゴリーを用いた症例検討がのっています。是非ご一読ください。